もっと脳を鍛える大人のDSトレーニング - 普通のゲームが持たないモノ
(前回からの続き)
もっと脳トレが発するプレッシャーを、個人的には少し不快に感じる。
一般生活や社会活動の中にはあちこちに存在するプレッシャーと同等の不快。
実社会でも、たとえ失敗したとしてもリトライ出来ることは多いのだが、決して無かったことには出来ない現実。
ミスは自分の記憶の中に残り続け、恥ずかしさや悔いや哀しみを繰り返し味わわなければならない。
思い出す度に赤くなったり青くなったり。
だから、人生経験が多くてその分失敗も多く経験しているお父さん達が、夜の街で一杯赤くなったり、青くなったりしてるんだよ、よい子のみんな(・ω・)ノ■
ゲームが本来持つ必要のないモノが、ゲーマーのボクの中の黒い部分に触れてくる。
一般人にとってゲームをすることには、何らかの言い訳が必要だ。
「暇だから待ち合わせとか電車の中でケータイのゲームをする」、「頭が良くなるからNDSのゲームをする」とかだ。
ゲームを楽しいと感じることは悪ではないが、進んでプレイすることはダメ人間のすることなのだ。
そうさ、ボクは暇でなくてもゲームするよ。ゲームがしたいからゲームをするよ。
いつの間にか、ボクは線の向こう側の人になってしまったようだ。
もう、失うモノはないね。
また、ゲームをしない一般人にとって、やり直しが可能という慣れないゲームの常識が、逆に受け入れにくい壁になると思う。
それは単に「現実逃避」という忌むべきモノとして感じられるのではないだろうか?
ボクはもう一線を越えているから、一般人の考えなんて分からないよ!
もう普通の人のことは想像の世界さ。(ヤケだ!!)
この現実が持つやり直しがきかないというプレッシャーを、スコアを上書きできないという仕様で持ち込んだことが、一般人が持つ拒否反応を緩和してしまったのかもしれない。
だから、これだけの破壊力を持ったに違いない。
「ゲームの良さは現実世界と違って失敗が許され、多少最初は慣れるまでは大変でもすぐに自分の思い通りになりストレスが無い世界。」
ゲームとはそういうものというイメージを持っているから、ボクにはもっと脳トレに潜むプレッシャーが嫌なものに感じられるのかも。
やはりボクは現実逃避しているのだろうか?
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