派遣切りされた人は本当に自分のことを棚に上げたのかな(2/2)
[派遣切りされた人は本当に自分のことを棚に上げたのかな(1/2)]からの続き
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で、いろいろネット上を徘徊してみたのだが、意外と派遣切りされた人の生の声は数が多くない。
これでは、真偽が確かめられない。
どちらかというと第三者的な立場からの意見がほとんど。
それにも、攻める方、弁護する方、両方の見解がいろいろ。
そして、どちらにも納得できる考え方や同意できない主張が混在している。
ますます、ワケが分からなくなってきた。
この問題は、社会のあり方や人の生き方が混じったかなり複雑な問題だということが、今更ながらよく分かった。
∑ 「助けるべき」というより、「助けてあげたい」かな
ボクの働く部署でも派遣をお願いすることがある。
利用方法としては、仕事が急に増えたり、何らかの理由で人が減ったとき(病気や退職)などの、一時的に業務が高負荷になったことに対応する必要があるとき。
長くても1年ぐらいで契約は終了する。
こういう利用方法を見ていたから、これが当然と思っていた。
派遣を常用して景気が悪くなったときにそれを減らすというのは、感情的なモノも多分に含むけど、そこには問題があるように思う。
制度上許されるとしても、企業の雇用の形としてはいびつに感じる。
あまりにも働く側の立場が弱すぎるように思う。
労働力が安い国に対抗するために、派遣を利用して人件費を抑えるという理由は理解できるのだけど。
これは、制度的なモノに対する話だ。
それに対して、貯金しておくなどの契約終了したときの対策が出来ていないだとか、いざ契約を切られたときに周りの責任するななどは、個人に対する批判だ。
派遣問題に対して議論になっているところでは、派遣切りされた個人に対する苦言と、社会的・制度的な問題に対する考えがぶつかって、議論が噛み合ってない場面が多く見受けられた。
両者は繋がっているから、その境界をどう捕らえるかが曖昧になるけれど、ここは分けて考えるべきだと思う。
個人的には、“本当に困っている人は、多少行き過ぎでも、本人にいくらか問題があったとしても、助けてあげようよ”と思った(“じゃあ、お前が個人的に助けろよ”と言われると言葉に詰まるんだけど)。
最初は擁護する気は無かったんだけど、いろいろ記事を読んでいたら身につまされて、もし自分が同じ状態になったらと考えゾッとしたから。
□ 派遣切りされた人は本当に自分のことを棚に上げたのかな(1/2)
□ 派遣切りされた人は本当に自分のことを棚に上げたのかな(2/2)
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